まみねこLIFE

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ことのは置場

「仲直りエッチ」を考える

高校生の頃は、ケンカのあとの仲直りエッチは普段のエッチよりも気持ちが繋がるように感じて好きだった。
元夫とうまくいかなくなり始めた頃から「仲直りエッチ」というものに激しく拒絶反応したのは、
なぜか。
根本的な原因の解決にならないからとか、話し合いで論理的に解決策を出したいとか、
仲直り出来ず気持ちがスッキリしないままエッチする気分にはなれないというか、そういう流れに流されて黙らされるのが嫌だったというか、
「ケンカのあとのエッチ」でなくて
「ケンカは終わってないけどエッチでごまかす」という行為がどうしても受け入れられなかった。
セックスレスの生活ではなおさら、普段のエッチよりも気持ちが繋がる、なんて比較の対象になるような「普段のエッチ」がそもそも無いので、エッチで誤魔化されるのが嫌だという感覚が強まった。

同棲や同居して生活をともにする異性のパートナーは結婚前にもいた事があるけど、
どうしてセックスレスになっただろうか。
性的興奮や欲情した時にすぐ求愛行動できない理由は、仕事だった。
仕事に支障をきたすからセックスは週末、とか、何曜日とか、週に一度とか、
スケジュール管理みたいに性を管理してしまうと、
性のもつ心と身と双方に影響するエネルギーはネガティブになり、
ネガティブイメージの相乗でセックスレスになったように思う。
どのパターンも。

今のところまた他の誰かと暮らすことなど想像も出来ないが、
アメリカの平均と噂に聞くようなセックス週三回なんて生活をしてみたい。
やってみたらまた何かわかることがあるかもしれない。

学生の頃ならあったけど
社会人として生活しながらのセックス週三回は、想像できない。

年齢を重ねて知識も経験も重ねて、
どんどん頭でっかちになって、
素直に感じることが難しくなって、
性も閉ざしていくのを感じる。
「面倒くさい」と言っていろんなことを誤魔化しているのは自分自身に対してもそうだ。

自意識が肥大するのに反比例して自信を失うのはなぜだ。

信頼できるパートナーと暮らしたい。
その願いだけが叶わない。
家族がほしい。