まみねこLIFE

まみねこLIFE

ことのは置場

感覚遮断

MRIで、1時間。
出来ることならば1ミリも動くな、と。
じっとしてろ、と。

眠れたら楽なんだろうけど、睡眠薬が無ければ眠れない私は
時間の経過も分からないまま

じっとしてた


そうすると、
認知心理学の講義でも習った「感覚遮断の人体実験」を思い出した。
人間は感覚を遮断されると発狂するという。

確かに、1ミリも動かないでいると、
手のひらに握らされた非常用お知らせポンプすら、
手の中にあるのか無いのか分からなくなる。
指をピクッと動かさなければ、皮膚から接触の感覚が無い。
反対の腕も手も、手のひらが床を向いてるのか天井を向いてるのか、わからない。

呼吸をすると、肺がふくらんで、体の上のタオルがわずかに擦れる。

動かさなければ分からないから、動かそうとしてしまう。
私の意識が、身体が、ここにあるのだと
確かめるために動かしたくなる。

痛みすら恋しい

自傷は本能なのだ。



ともすると、
私の体の痛みも、心の痛みも
幻肢痛なのかもしれない。


私が今ここに生きているという感覚が幻で、
私の記憶なんか、すべて妄想かもしれない。


ただひとつ、
たしかなことは

『事実がどうであれ』、
『その人が認知することが』、
『その人にとって真実である』。

ということ。